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札幌家庭裁判所 昭和56年(家)782号 審判

申立人 船木文子

事件本人 山藤泰夫

主文

本件申立を却下する。

理由

第一申立人は、別紙「申立の趣旨」記載のような審判を求め、その事情として、申立人と亡山藤一彦とは、昭和五六年二月一六日、協議離婚をしたことになつているが、山藤一彦は、その前日、すでに死亡していたものである。従つて、前記の協議離婚は無効であるから、所要の戸籍訂正を求めて、本件申立に及んだものである、と述べた。

第二戸籍筆頭者船木文子、同山藤一彦の各戸籍謄本、及び山藤一彦・山藤文子作成の離婚届謄本(札幌法務局民事行政部戸籍課長○○○○の認証)によれば、申立人は、昭和四三年三月八日、山藤一彦(昭和一四年二月一〇日生、本籍は札幌市○○区○○×××番地)と婚姻し、その後同年五月一四日、山藤一彦が、申立人の婚姻外の子である泰夫(事件本人)を養子とする縁組(承諾者は、親権を行う母申立人)の届出がなされていること、さらに、昭和五六年二月一六日、申立人と夫一彦とが、事件本人の親権者を申立人と定めて、協議離婚をした旨の届出がなされており、また、上記の一彦については、同人が、同年二月一五日ごろ、北海道苫小牧市で死亡し、同年三月二日、親族山藤サチコ(一彦の母)が、その旨を届出たことが認められる。

第三ところで、申立人は、夫一彦との昭和五六年二月一六日付届出の協議離婚が無効であることの根拠に、夫一彦が、その届出の前日に、すでに死亡していた旨主張しているので、以下判断する。

前掲各資料のほか、苫小牧警察署長作成の照会に対する回答書(死体検案書の写を添付)、医師○○○作成の照会に対する回答書(札幌家庭裁判所調査官○○○○作成の戸籍訂正許可事件調査報告書、及び、申立人並びに○○○(医師)に対する当裁判所の各審問の結果によれば、申立人の夫一彦は、昭和五六年一月下旬ごろから、家を出たような状態で、その後所在が不明であつたところ、同年三月一日に、苫小牧市字○○××番地先に駐車中の自動車内において、車外の排気管から連結してきたホースを車内に引き込む状態で、自殺体として発見され、同日、その死体を検案した○○○医師(警察署の嘱託医)は、一酸化炭素中毒により、同年二月一五日ごろ、死亡(推定)したものと診断したこと、そして、これは、当時、山藤一彦の死体の変化並びに死体の置かれてあつた環境等を考慮してなされたもので、もともと、同人の死体は、死後日数を経過していたうえ、死因等を解明する死体解剖などの措置がなされたわけでもないので、正確な死亡日時を確定することは困難であり、同年二月一六日以降に死亡したものとも充分考えられるところであつて、その幅として、一切の諸事情を考慮したうえ、死体検案時の同年三月一日から、およそ一〇日ないし二週間位前のものと考えられるところであつて、これを逆算すると、同人は、同年二月一五日ごろから、同年二月一九日ごろまでの間に死亡したものと判断するのが相当であり、前記の○○医師において、死体検案書の「死亡年月日時分」欄に、「昭和五六年二月一五日頃死亡(推定)」と記載したのも、決して確定した日を指すものではなく、こういう幅のある意味を含むものであることを前提にしていることが認められる。

そうだとすれば、申立人の夫一彦が、協議離婚の前日に、すでに死亡していたものとはいえず、これを前提にして、本件戸籍訂正を求める本件申立は理由がない。

第四ところで、本件において、申立人が、戸籍訂正を求めているのは、戸籍法一一四条(または一一三条)を根拠とするものであるが、申立人に対する当裁判所の審問の結果によれば、本件協議離婚の無効原因として、以上のほか、当事者間に離婚意思のなかつたこと(意思の欠缺ないし仮装離婚)を主張するかの如き部分がみられる。

一  なるほど、前掲各証拠によれば、夫一彦が、本件の離婚届書に自署・押印、ないし、これに関与したことを認める資料がないうえ、申立人についても、本件の協議離婚を決意するにあたり、夫一彦側の親族の意向も、少なからず影響していたことが認められるが、ひるがえつて、夫一彦は、昭和五五年三月末ごろから、札幌市○○区に一人で部屋を借りて、妻の申立人とは事実上の別居をしており、かねてから、母サチコに対し、自分の立場を理解してくれない妻(申立人)とは別れたい旨を話していたことが認められ、かつ、前掲各資料によりうかがえる申立人と夫一彦の婚姻生活の実態、本件協議離婚届を作成し、これを札幌市東区役所へ提出するに至つた経緯や事情等を合わせ考えると、本件において、前記の離婚届をもつて、戸籍上明らかに無効である場合とはいえず、その効力に争いがあるならば、実体について判断に基づかなければならない場合である、というべきである。

二  加えるに、前記の各事実、および、本件申立の動機等を考えるに、本件の協議離婚届を作成し、これを届け出た申立人が、自ら、その無効を主張して、法律的保護を求め得ることが相当であるか否か等の点も、やはり、本件においては、軽視しえない争点の一つとして指摘できるところであり、この点に関する判断も、また実体的なものというべきであつて、以上の各判断は、いずれも、本件戸籍訂正の許可申立事件として、その範囲を超えているものといわなければならず、訴訟裁判所における実体的判断を経たうえ、その確定判決(協議離婚の無効)に基づき、戸籍法一一六条による戸籍訂正の方途であるならばさておき、戸籍上無効が明らかな場合に、その是正を求める方法である戸籍法一一四条(または一一三条)を根拠に、家庭裁判所に対する本件申立は許されないものと解するのが相当である。

第五よつて、以上の各認定事実および叙上の説示に基づき、本件申立を却下することとして、主文のとおり審判する。

(家事審判官 野口頼夫)

申立の趣旨

一 本籍札幌市○区○××条○×丁目×番地戸籍筆頭者船本文子の戸籍全部を消除し、本籍札幌市○○区○○×××番地戸籍筆頭者山藤一彦の戸籍中除籍となつている妻文子の戸籍を回復させる。

二 上記の山藤一彦の戸籍中、

イ 妻文子の身分事項欄に記載されている「昭和五六年二月一六日夫一彦と協議離婚届出同月一八日札幌市東区長から送付」を

ロ 養子泰夫の身分事項欄に記載されている「昭和五六年二月一六日親権者を母と定める旨養父及び母届出」をそれぞれ消除する。

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